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年末年始をハワイで過ごす芸能人に習い、私も年末は海外へ行ってみた(ハワイへではなく、オーストラリアのメルボルンへ)。滞在期間中、メルボルンのプロサッカーチーム「メルボルン・ヴィクトリー」のホームゲーム(対ニューカッスル・ジェッツ)があったため、当然訪問した。会場はメルボルン中心部から歩いて30分程、トラムで数分のAAMIパーク。昨年完成したばかりの球技専用スタジアムで、メルボルンの4つのプロチームがホームとして使用している(メルボルン・ヴィクトリー、メルボルン・ハートのサッカー2チームと13人制ラグビーのメルボルン・ストーム、15人制ラグビーのメルボルン・レベルズ)。外見はサッカーボールを半球にしたものを大量にボコボコと屋根にくっつけていったようなモダンかつ奇抜な恰好をしているのだが、中に入れば、いたってオーソドックスな素晴らしいスタジアムだった。ピッチにモダンな装飾が施されていたりするわけがないので、中はオーソドックスに決まっているが。
スタジアムは立派なのだが、やけに人が少ない。あるいはとんでもなく人気がないのでないかと不安になったのだが、試合開始直前になると一気に人が増えた。全席指定席なので、あせることはないのだ。見たところ7割方が埋まり、スタジアムはにわかに熱気を帯びる。

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オーストラリアは移民の国だ。そのせいなのだろうか、スタジアムのスタンドの光景は実に興味深いものだった。バックスタンド寄りの一角に僅かにアウェイシートが用意され、それ以外の席を全てホームチームのファンが占めるというのは欧州でも一般的な光景だが(日本では浦和で実現)、特筆すべきはホームチームを応援する双方のゴール裏の応援スタイルがまるで違うことだ。
一方の北側スタンドはゲートフラッグを掲げ、大旗を振り回し、太鼓を打ち鳴らして歌いまくるイタリアやギリシャやクロアチア等の南欧・中欧のウルトラス/ティフォージのスタイル(以下ウルトラスタイル)。「Ole Ole」と大騒ぎする日本のスタジアムでも多く見られるスタイルだ。応援することに一生懸命過ぎて、ワンプレイ毎の反応は薄い。のべつまくなしに歌い続けるため、やはりなかなかにうるさい。
もう一方の南側スタンドはこれとは全く雰囲気が異なり、手拍子と声のみで、「Ole」なしのイングランドスタイルだ。いいプレイやアウェイチームのミスには即座に大歓声と拍手を送り、汚いプレイをした選手には激烈なブーイングを浴びせる(指笛ではなく、低音の声によるもの)。チャンスには「C’mon Victry」とやり、交代で入ってくる相手チームの選手に向かっては「Who Are You」と声を揃える。試合の最終盤に勝ち越しに成功した際には大歓声を上げるやいなや、静まりかえるアウェイファンの方を指さし「You‘re not singing anymore」と歌う(試合は2-1でメルボルンが勝利)。ウルトラスタイルの逆サイドとは対照的に、徹頭徹尾これでもかという程の完全なイングランドスタイルだった。

そのまるでスタイルの違う双方が、スタジアム全体で連動した瞬間があった。70分頃、北側のウルトラスタイルの陣取るスタンドから、東側スタンドへ向けて、"We're North End, We're North End, We're North End over here"という掛け声が巻き起こる。すると今度は東側の客が、南側スタンド(イングランドスタイル)の方を指さしながら“We're East End, We're East End, We're East End over here”とコールし、以下同様に南→西→北と続く。この麻雀のように東南西北4方向で順々に回す応援が3周程続いた。フランスやドイツなどでも双方のゴール裏ファンが掛け合うスタイルの応援は見られるが、このようなメインやバックスタンドも含む4方向での掛け合いは初見で、素晴らしい雰囲気と迫力に圧倒された。また、スタイルの違いでいがみ合っているわけでもない感じが実にイカしていた。同一チームの応援が分裂しているのはしばしば目にするが、ここまで明確にスタイルが異なっていて、それでいて共存しているというのは珍しいのではないか。

とはいえ、かつてのオーストラリアのサッカーリーグは、移民の国であるが故の問題を抱えた。オーストラリアにおけるサッカーは、18世紀末以降に先んじて移住してきたアングロ・サクソン達により広められ絶大な人気を誇る3つのフットボール(イングランド発祥の「ラグビー・リーグ〔13人制〕」、「ラグビー・ユニオン〔15人制〕」、メルボルン発祥で豪州オリジナルの「オージー・フットボール」)とは違い、主に第二次世界大戦後に移住してきた南欧・東欧からの移民達の間でのみ発展した。大多数の一般ピープルが好むのは上述の3つのフットボール+クリケットであり、サッカーはいわばマニアックな存在であったのだ。そのため各チームは民族性が強く、スタジアム内外にフーリガニズムが蔓延していたそうだ。シドニーにはクロアチア系の「シドニー・クロアチア(後にシドニー・ユナイテッド)」、ギリシャ移民のチームの「シドニー・オリンピック」、シドニー郊外にはマケドニア系の「バンクスタウン・シティ・ライオンズ」等。メルボルンにはクロアチア系の「メルボルン・ナイツ(メルボルン・クロアチア)」、ギリシャ系の「サウス・メルボルンFC」、メルボルン郊外にはマケドニア系の「プレストン・ライオンズFC(プレストン・マケドニア)」。アデレードにはイタリア系の「アドレード・シティ」とギリシャ系の「ウェスト・アデレード」等。これらのファン同士の抗争が絶えなかったのだという。なお、それらのチームは無くなってしまったわけではなく、現在も下位カテゴリーの地域リーグで存在しており、そこでは未だにファン同士の争いも繰り広げられているらしいが、少なくとも2005年にスタートしたオーストラリアのプロサッカーリーグ「Aリーグ」は、過去の民族的フーリガニズムの排除に見事に成功しているような印象を受けた(Aリーグでも争いはないこともないようだが、少なくとも民族代理戦争のようなものではない)。

次回再訪する機会があれば、メルボルン・ヴィクトリー×メルボルン・ハートのダービーマッチもしくはメルボルン・ヴィクトリー×シドニーFCのライバル対決とともに、地域リーグの試合も覗いてみて、抗争に巻き込まれてボコボコにされてみたりしたいと思う。

シドニーFCファンを駅で迎えるメルボルン・ヴィクトリーファン
東南西北4方向の応援
南側スタンド(イングランドスタイル)
南側スタンド2(クイーンズランドから来たアウェイファンを台風被害をネタに挑発)
北側スタンド(ウルトラスタイル)
ダービーマッチ(メルボルン・ハートのホームゲーム)のアウェイ席にて南側と北側のヴィクトリーファンが共闘
選手・コーチがヴィクトリーファンの素晴らしさを語る

05年 プレストン・ライオンズ 対 サウス・メルボルン
94年 サウス・メルボルン 対 メルボルン・ナイツ
85年 シドニー・オリンピック 対 プレストン・マケドニア

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なお、試合の最終盤に、トッテナムのギャレス・ベイルを彷彿とさせるような見事な突破からの勝ち越しアシストをやってのけ、会場中の視線を釘付けにしたロビー・クルーズというFWは、後で調べてみれば現在カタールで開催中のアジア杯に出場している豪州代表選手だった。この試合の数日後に初招集されたようなので、あるいはオジェック監督はこの試合を観ていたか。22歳と若く、カタールでは途中からの出場機会しか得られていないが、近いうちに欧州で活躍することは確実。今後の彼の動向に大いに注目したい。
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by sporting_emoto | 2011-01-26 20:15 | Football
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